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日本武道医学と米国オステオパシー医学の交流

◆オステオパシー医学とは

 西洋において、骨格及び脊柱の調整法を一つの治療科学のかたちで、その明確な方法と理論を現代医学の解剖学的な所見に基づいて考案したのがオステオパシー(=Osteopathy=骨格療法)であります。
 オステオパシー(Osteopathy)は、オステオ(Osteo)「骨」と、パシー(pathy)「病理、治療」の組合せ語で、いわゆる「骨格の治療」という意味です。
 オステオパシー医学はアメリカのアンドリュー・テーラー・スティル(Andrew Taylor Still) という医学博士(1828〜1917)によって1874年に創始された医療体系であります。
 スティルはオステオパシーの創立にあたって、現代医学への不満と不信がかなりあったと言われております。というのは、彼は当時、現代医学の医師であったにもかかわらず、三人の息子を病気で亡くしたからであります。当時の医学で最高の治療をやったにもかかわらず、三人の息子を亡くなってしまうのです。
 スティルはやがて、様々な体験から、骨格のゆがみと各種病気の関係を発見し、数多くの臨床経験をもとにオステオパシーを創立いたします。オステオパシーの教育専門機関として、1892年にアメリカン・スクール・オブ・オステオパシーを設立し、その後1896年にアメリカ、バーモント州においてオステオパシー医療業務が初めて法的に認可されます。
 翌年1897年には、アメリカ・オステオパシー発展協会(AOA)が発足いたします。
 現在、アメリカには二大医学、一つは普通の医学(一般医学)で、もう一つはオステオパシー医学があります。一般医学の医師をM.D(Medical Doctor) といい、オステオパシーの専門医師をD.O(Doctor of Osteopathy) といいます。
 アメリカではオステオパシーの専門医師になるには、高校を卒業後、先ず一般大学で4年間の教養過程を終了し、そしてオステオパシー専門大学で6〜7年間の一般医学教育とオステオパシー専門教育を終了しなければなりません。そしてさらに、大学院で、特殊専門過程すなわち小児科や産婦人科などの科目を専攻するのです。高校卒業後、およそ12年以上の歳月がかかるわけであります。
 現在、オステオパシーは骨格の治療といっても、アメリカの二大医学の一つに数えられ、骨格の手技療法以外に、必要に応じて外科手術も薬の処方も、また骨折の診療なども行うことが許されています。いわゆる手技療法と内科と整形外科を組み合わせたようなものであります。
 
◆オステオパシーと日本武道医学の交流

 日本におけるオステオパシーの歴史を調べてみます。文献などをみると「オステオパシー」という言葉は大正時代、昭和初期に発行された手技療法関連の書物の中に盛んに出てきます。しかし、これは当時アメリカのオステオパシー教育内容(技術など)とはまったく関係なく、アメリカで発行された書籍をつぎはぎしてオステオパシーや整体の本を出したり、または自己創造のテクニックをオステオパシーの名前で掲載しているだ
けであります。
 1965年、日本人で唯一初めてアメリカ・オステオパシー協会(AOA)に招かれ、技術の交流を行ったのは、日本武道医学の創始者・故中山清先生でした。
 当時、ニューヨークで開かれていた世界万博には、中山先生が日本代表として参加され、万博でアメリカのオステオパシー関係者が中山先生の技術に魅せられ、アッカーマン博士を代表に、AOA(米国オステオパシー医学会)の要求で数カ月にわたって日本の武道医学(武医術)とアメリカのオステオパシーとの間に歴史的な学術交流が 行われました。
 当時の交流結果を、中山先生が以下のように述べられています。
 『米国フィラデルフィアのセラトンホテルで開催されたオステオパシーの学術会で交流を行った際、皆、日本伝統医術(日本武道医学)の無血手術に驚き、新聞記者会見まで行われたという。数カ月の交流では、Dr.アッカーマン(会長)のスクールに再々招かれ、日本伝統医術の説明や技術を行い、オステオパシーの技術を習得させられた……』
 また、ドクターアッカーマンは、『我が米国医学は400年の歴史の中で成長発達したものであるが、貴方がたの国には数千年の歴史を持った医学がある。我々はその永い歴史の中で育った医学を習いたいのです。』と、私を感動させてくれた。日本古医学の今後の方向をもっと深く考えさせられたのである……。
 交流はオステオパシー医学関連の学校および数カ所で開催された大会で行われ、その記録が日本武道医学会および米国のオステオパシー医学会に保存されております。無論、日本人として米国のオステオパシー医学と正式な交流を行ったのは中山先生だけであります。
 当時、交流記念として、アメリカのオステオパシー学会よりオステオパシー技術に関する貴重な資料、そして日本武道医学会より日本伝統医学や武術の活法に関する実物資料交換が行われ、中山先生がICCTの日本代表に推薦されます。
 アメリカのオステオパシー界では、18世紀後半及び19世紀前半において日本の武道(特に柔術)に伝わる「活術」の研究がされていたという記録があり、日本柔術の活法がオステオパシー反射療法の発展に大きいな役割をなしているということは決して過言ではありません。
 この関係から、オステオパシーと日本武道医学に伝承されている整体術の技術思想に類似点が多くみられます。
 日本武道医学の創始者・中山清先生は、日本伝統の手技療法である武道医学(整骨、整体、活法など)を広く外国にまで紹介し、アメリカのオステオパシー医学会の他、香港や中国医学界とも正式な交流を行っております。
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技術のデモンストレーションを行っている中山清先生(1965年アメリカにて)
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アッカーマン博士に武道医学のテクニックを披露されているところ(1965年アメリカにて)
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交流記念帳に署名されているところの中山清先生(1965年アメリカにて)

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